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上五島石(かみごとういし)は、五島列島(新上五島町)崎浦地区一帯に見られる砂岩層から採石された石です。


 


         (上五島石と同様の石材を使用した建築物に頭ヶ島教会があげられます。)

日本における教会建築の分野では名高い鉄川与助が設計した教会です。
西日本唯一の石造り教会で、教会建築としては例を見ない存在で、国の重要文化財に指定されています。


<「五島石」 名称 について>

左写真の地図を見てわかるように、五島列島に広がる五島層群(砂岩地域)があることから、五島産の石(砂岩)⇒五島石っと、石材が運ばれていた各地で呼ばれていたようです。採石業が最盛期の頃はもちろん産業の1つですから、地元では墓石・敷石・板石・庭石等施工名としての石の呼び方をしていたようです。五島産の石ということで五島石と呼ばれている物で有名な物をご紹介させていただきますと、「福見石と五島石」があります。この五島石は五島層群の石かどうかは不明ですがその昔、力比べの石として和歌山県に運ばれたようです。
この様に五島列島にある石を総称し「五島石」と呼ぶことにしたという町役場の方のお話でした(^^)d
「五島石」の名称ですが、一般的な考え方の石(岩石)における名称とは少し違い、景観における石(五島層群)の呼び方であり○○石と名称されている為に2つの名称があると誤解されがちですが産業(現在崎浦地区で産出される砂岩を使用しそれを商いとしている)と文化的景観の違いだという事を御理解して頂ければ幸いです。
 

   <「上五島石(カミゴトウイシ)」 名称 石への想い>
10年前いや私が高校を卒業後、家業を手伝うようになった初仕事はこの重い石の仕事でした。それからはや22年、この地で砂岩採石業を営んでからは約10年「上五島石」と付き合ってきました(^^)この名前にもそれなりの理由があります。まず五島列島の小さな集落という限られた場所を今後より多くの方に知っていただけるよう、日本の
地名に1つしかない上五島!上五島といえば五島列島の中通島!っと、私たちの住む島が多くの方に伝わるよう、また今は五島列島も「五島市」・「新上五島町」となり、その昔「下五島」・「上五島」と呼ばれていたことは風化されていくであろう・・・郷土史を見てもその呼び名など出てくるわけもなく・・・その頃を生きてきた私にとってはこの呼び名「上五島」を後世に残していきたい思いもあり一番この地の石の名前にふさわしい「上五島石(カミゴトウイシ)」と名称いたしました。とはいえ、自営業・・・なかなか人に知られることもなく今に至りました/(〜〜;)この上五島石の良さを語れば切がなく・・・上五島石とは でもご紹介しております。


臨時ニュースです!
昨日、祝!崎浦地区国の重要文化的景観に答申された内容の記事を掲載いたしました。
大変、落胆しております・・・

本日6月16日各社新聞・HPにて同様の内容が掲載!
喜びと、落胆の入り混じった1日となりました。それというのも、採石業においては10年前・工房においては2年前(H22年5月17日午前10時役場産業再生課訪問)から崎浦地区で産出される砂岩の石の名称として「上五島石」として営業を行ってまいりました。・・・が、記事内容によると「五島石」と名称が改められており、大変困惑いたしている所存であります。上が付くか付かないかの次元で、関心がない方もおられるとは思いますが今後、潮騒(工房・石材工業)としましては当商品における原石・加工商品に関しましては文化的景観の原産地同様の物ではありますが、景観における「五島石」と産業における「上五島石」がございますことを御理解いただき、お客様に誤解がないよう勤めてまいりたいと思います。今まで通り、崎浦地区(崎浦地区とは、赤尾・友住(頭ヶ島)・江ノ浜郷)から産出される砂岩に関し「上五島石(カミゴトウイシ)」とし崎浦地区景観に関しましては「五島石」という認識で配信活動や営業活動を行って参りたいと思っております。なお、上五島石を使用した工房商品・上五島潮騒焼きと、崎浦地区唯一の砂岩採石業者商品 上五島石を今後ともよろしくお願いいたします


竹村石材工業では上五島石の販売を行うとともに上五島石の魅力をお伝えできればと思っております。
 近年、海外からの砂岩が多く流通しておりますが、産地の気候等の違いにより少なからず石の質に違いがあると思われます。上五島石は、古来の火山活動による島の形成とともに日本の四季と、五島灘の海により形成された,まさしく地球の恵み!!
そんな、上五島石の育まれた景色を感じていただければ幸いです。

   石屋の文化・歴史

  赤尾郷・友住郷・江の浜郷の3郷を合わせた地区を「崎浦(サキウラ)」とよんでいます。

  崎浦地区は国の重要文化的景観選定地でもあります。

これらの地区はその昔、上五島でも良質な砂岩地帯であったため、石屋が多くその多くの職人は墓石ではなく砂岩(同様の石に上五島石があげられます)採石業を営んでおりました。崎浦地区一帯は、祖先が残したそれらの歴史的文化が今もなお残されており、その一部は国の重要文化財でもある、「頭ケ島教会」や「潮合崎にて座礁した「ワイル ウエフ号」乗組員死者の墓・グラバー園・オランダ坂石畳、崎浦地区一帯の沿岸部防波堤、古民家、家庭用具、祠など、その形を変え残されております。それらの原点でもある採石場跡は、時代の風化はあるものの今もなお崎浦地区沿岸にそのままの形で残されており、当時の採石業を営む労働者の過酷さを感じさせてくれます。


石材採掘とその消長

昭和47年発行「有川町郷土誌」より

   




 昔の採石方法

<セリ矢跡 <セリ矢を打ち込んだところ> <道具各種 <石割完了>
 ゲンノウと呼ばれるハンマーとノ ミという工具で、セリ矢(クサビ) をはめ込むための穴を 一列均 等に彫ります。
 機械は無く人力で穴を均等に開 けていくのは 根気と体力のい  る作業です。
セリ矢をこのようにして岩にはめ込んでいきます。 セリ矢は割りたい石に何個も入れていきます。この作業は石に均等に亀裂が入るよう、慎重に行います。 きれいに石を割るのもかなりの技術が必要です。

(ロクロ島砂岩採石跡地一部)

 

 採石跡
一見するとただの沿岸部写真ですが・・・
 右写真>一部を拡大すると、せり矢の跡が
 岩にクッキリ入っているのがわかります。
 石を切り出す予定でせり矢を打っていたも
 のの、何らかの理由で中断してしまっ
 たのでしょうか?
 その理由はわかりませんが、当時の様子
 が少し垣間見えるようです。ヾ(´∀`)

 

 
ヽ(*゜O゜)ノこんなところにせり矢の跡が!


<石の行方は・・・>

上五島石とはでもご紹介しましたが、崎浦地区から採石された石は地元はもちろんのこと
長崎など様々な場所へ運ばれていたそうです。なんでも、船で運送した際に次の注文を受けてくるという感じですね!長崎では至る所に石材を運んだとか(・。・)・・・?以前、崎浦地区で採石業を行っていた方のお話でお伺いした後、この言葉が気になりました。そこで、いろいろ調べてみると以前読んだ本「長崎新聞に見る長崎県戦後50年史」の中で、これは!と思う記事がありました。ここで掲載するわけにはいかないので、大まかな内容を説明いたしますと・・・原爆による長崎の復興作業等(溝や暗きょの補強等)により、至る所の石畳がはがされてしまったというような内容ですこの記事を読んだとき、納得ができました(^^)
もしかすると、崎浦から運ばれた石は今も長崎の何処か見えないところで使用されているのでしょうね〜・・・そう思うとなんだか凄いですね♪o(^^)o
それに、以前の長崎は今より多くの石畳があったのか・・・今となっては想像しかできませんが、きっと凄く風情ある町並みだったんでしょうね〜
 




今回はこの辺で・・・
上五島石を通じ、その歴史的背景ををほんの少し感じていただけたでしょうか?・・・
とはいえ、まだ まだ! ごく、ごく一部ですが/(≧≦)
石マニア・・・とまでは行きませんが、このページを通して、上五島石とそれを取り巻く島!
崎浦地区の魅力をモット!モット!発信していければと思っていますp(^^)q

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